だいあろ~ぐ:東京彩人記 がんの子供を守る会理事長・垣水孝一さん /東京

だいあろ~ぐ:東京彩人記 がんの子供を守る会理事長・垣水孝一さん /東京

小児がんの子供やその家族を支援する財団法人「がんの子供を守る会」(事務局・台東区浅草橋)は1968年の設立以来、患者支援団体の草分けとして活動を続けてきた。不治の病と言われた小児がんは医療の進歩によって7割以上が長期生存できるようになったとはいえ、今も子供の病死原因の1位を占める難病だ。「早期発見のためにも、子供にもがんがあることを知ってもらいたい」と訴える垣水孝一理事長(82)に聞いた。

 ◇早期発見へ周知訴え
 --携わるきっかけは?

 三十数年前になりますが、3歳の誕生日直前の三男を小児がんで亡くしました。私たち夫婦は子供にがんがあるなんて知らなかった。そのために治療が遅れ、死なせてしまったと妻は苦しみ、自分と私を責めました。医師から守る会のことを聞き、役立ててほしいと香典を寄付させてもらったのが最初でした。

 --奥様の手記を自費出版されましたね。

 子供を亡くした親同士の交流も、守る会の重要な活動なのですが、十数年前、妻がアルツハイマーになり、物を整理していたら、息子を亡くした当時の妻の手記が出てきたのです。人の目に触れることなど想像だにせずに赤裸々に心の中を書いたものですから、家族や親友は大反対しました。しかし、その記録が今苦しんでいる親たちが少しでも立ち直る助けになるのではないか、守る会の目的に貢献する道だと考えたのです。

 --活動内容を教えてください。

 守る会は愛児を亡くした初代、2代目理事長が親を支援する会を立ち上げたのが始まりです。趣旨に賛同した当時の富国生命の森武臣社長が10年で10億円の寄付をしてくださり、財団法人として活動することができたのです。治療費の公費負担(71年)を実現できたのも活動の成果です。

 現在はアフラック(アメリカン・ファミリー生命保険)が、闘病家族のための宿泊施設「ペアレンツハウス」の設置、運営に大きな支援をしてくれています。寄付金で亀戸、浅草橋に続き、大阪市内にも3棟目を建設中です。運営費は1棟約4000万円、利用料収入は約300万円のため、不足分も毎年同社の社員や販売代理店のみなさんの寄付でみてもらっています。

 --課題はありますか?

 治せる病気になったとはいえ、闘病は長期にわたりますし、家族の二重生活や学校の問題もあります。成人しても就職や結婚に際してがんであったことに悩まされる。患者や家族が抱える不安や問題はつきません。

 守る会の目的は大きく三つあります。がんの子供を持つ親と子供への支援、そして、小児がんを治る病気にすること、さらには子供にもがんがあることを広く知ってもらうことです。現在も2万人前後の子供ががんと闘い、毎年500人余の幼い命が失われています。私は、亡くした子供への罪滅ぼしに、子供にもがんがあるということを広く訴えていきたいのです。<聞き手/社会部・合田月美記者>

 ◇記者の一言
 毎日新聞が小児がんの子供とその家族を励まそうと96年から続けている小児がん征圧キャンペーン「生きる」。垣水理事長とは、その取材が縁で知り合った。理事長をはじめ役員は無報酬だ。垣水さんは「活動はさまざまな企業に支えてもらっているが、今の経済情勢では会の財政はますます厳しくなる」と懸念している。紙面でも多くの人に協力を呼び掛けていきたい。

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 ■人物略歴

 ◇かきみず・こういち
 1926年、岐阜県高山市生まれ。海軍経理学校を経て52年東京大法学部卒、同年大蔵省入省。印刷局長、関税局長を歴任して82年に退官。オイルショックさなかの73年、経済企画庁物価政策課長として出向中に三男裕ちゃんを神経芽腫で亡くす。99年に手記「ロロちゃん ごめんなさい」を自費出版した。02年から第3代理事長。

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