がんを生きる:/55 肝臓がん/下 痛みの緩和に全身全霊 /大阪

がんを生きる:/55 肝臓がん/下 痛みの緩和に全身全霊 /大阪

◇克服の経験生かし、情報ナビゲーターに
 日本中が東京五輪に沸いた1964年10月。福岡県久山町のある家庭でも、少年(9)がテレビで応援をしていた。ところが、「うるさい」と奥の部屋から声が飛ぶ。胃がんで手術を受け、退院した父(47)だった。苦痛にいらついていた。

 東洋の魔女と呼ばれた女子バレーの日本チームが金メダルを決めた3日後、父は息を引き取った。葬式が終わり、少し落ち着いたある朝、少年は目撃する。母(41)が父の布団を抱きしめ、泣いていた。

 その母も3年後、膵臓(すいぞう)がんでこの世を去った。「大きくなったら、がんを治す薬を作ってね」。少年は、親せき中から頼まれた。

 やがて少年は成長し、大学を卒業して医薬品メーカーに就職。結婚して子宝にも恵まれた。06年12月、肝臓がんで一度は「余命3カ月」と宣告されたが、その後、劇的に治癒した。

    ◇

 そして現在。がんを克服した千葉県浦安市の吉村光信さん(54)は、放射性医薬品「メタストロン注(一般名・塩化ストロンチウム-89)」を担当し、大阪など全国を飛び回る。親せきに言われた「がんを治す薬」とは少し違うが、「がん患者の痛みを和らげる薬」に臨床試験から携わっている。

 がん患者はさまざまな痛みに苦しむ。骨への転移で生じる痛みは、モルヒネも効きづらい。メタストロン注は骨の病巣にとどまって放射線を出し、がん細胞の活動を抑える。7割程度の患者で痛みが改善するとされる。

 「父も骨に転移していたんだろう。当時の医師は、がん患者や残された家族が感じる痛みを無視していた。周囲も、頑張りなさいと励ますしかなかった。しかし、痛みは生活の質に大きく影響する。最近、日本でもやっと痛みに関心が向けられるようになった」

 痛みのため杖(つえ)をついて通院した寡黙な男性患者は、投与の約2週間後に杖なしで来院し、生き生きと話したという。医師から同様の話を聞くたび、「本当に良かった」とやりがいを感じる。

 人生の最後の最も大切な時に、痛みのためやりたいことをやれない患者がいる。そんな人に、その人らしい人生を送らせてくれる薬。吉村さんは、そう受け止めている。

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 吉村さんは今年、NPO法人・キャンサーネットジャパンが認定する「がん情報ナビゲーター」の試験に合格した。「自分の経験を生かし、相談を受けた時にアドバイスできるよう、知識を身につけたい」との思いで受験した。

 自分や親しい人が告知を受けた時、どうすればいいか。吉村さんはこうアドバイスする。

 「まず、そのがんについて知ること。『1分1秒でも長く生きたい』という人もいれば、『副作用で苦しむより、最後に自分らしい人生を送りたい』という人もいるが、がんについて知らないと判断ができない。そして、命の意義を問い直し、生きる意味を見いだせば、より充実した人生を過ごせるのではないでしょうか

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