記者の目:「がん哲学外来」を取材し見えたこと=永山悦子

記者の目:「がん哲学外来」を取材し見えたこと=永山悦子

国民の2人に1人ががんになる時代、どのように生きるかを考える連載「がんを生きる つながりを求めて」(11月、西部本社版を除く)で、「がん哲学外来」という患者相談の取り組みを取材した。そこで見えたことは、病気を背負うことから生じる患者の悩みが医療現場で置き去りにされている現実だ。患者の本音が受け止められず、医療側と患者が十分にコミュニケーションできない結果、患者の不安・不満につながっている。患者の本音の受け皿作りは、医療への信頼を取り戻す一歩にもなるはずだ。

 「がん哲学外来は医療のすき間を埋める試み」と、哲学外来を提唱した樋野興夫(おきお)・順天堂大教授は説明する。「がん哲学」は樋野さんの造語。「がんの仕組みを理解しながら、生きることの根源的な意味を考える」という意味だ。

 病理学者の樋野さんは05年、石綿(アスベスト)が原因となる難治性がん「中皮腫」の検査法を開発、順天堂医院が開設したアスベスト・中皮腫外来を担当した。そこで、患者が治療に加え、家庭や仕事など幅広い悩みを持つことを知った。「現在のがん医療は、典型的ながんの経過をたどる患者には対応できるが、それ以外はこぼれ落ちている」。08年、患者のあらゆる悩みに耳を傾け、人生を考える哲学外来を開設すると、がん患者の「駆け込み寺」として全国の注目を集めた。

 患者の了解を得て哲学外来に同席した。患者たちの最初の表情は悩みのためか暗い。樋野さんは1組1時間ほどかけ、心の奥底を引き出す。主治医への不満、夫との関係、上司や友人とのすれ違いなど、従来のがん相談では話題に上らないことも、患者の口をついて出る。樋野さんはうなずきながら、「八方ふさがりと思っても、天は開いている」「人生いばらの道、にもかかわらず宴会」など、独特の言い回しで患者を力付けた。

 本音をさらけ出すことで患者の心がほぐれ、表情が和らいでいく。患者の一人は「こんなに医師と話をしたことはなかった。がんになってすべてを失った思いだったが、初めて自分らしく生きようと思えた」と振り返った。

 樋野さんは「『暇げな風貌(ふうぼう)』で話を聞くことが、患者の本音を引き出すコツ。だが、今の医療機関にそんな余裕はない」と話す。哲学外来のような取り組みを提案し、病院長に反対されたという医師や、病院の相談窓口を訪ねても、「主治医の機嫌を損なうかもしれない」と言われ、相談をあきらめた患者もいた。

 確かに現在の病院では、医師をはじめとする医療スタッフは多忙を極める。病院で患者の相談に応じることは不可能なのだろうか。

 米国の多くの病院には、患者のさまざまな声に耳を傾ける「ペイシェント・アドボケート(PA、患者擁護者)」と呼ばれる人がいる。医療資格の有無は問わず、医療者と患者の間に立ってコミュニケーションの溝を埋め、患者に不都合な問題の解決を支える。患者に接する際は、「困ったことや、私にできることはありませんか」と気を配る。米ジョンズ・ホプキンス病院でPAとして活動した岡本左和子さんは「医師が丁寧に治療の説明をしても、患者の頭の中は仕事や家庭でいっぱい、ということがある。患者と医師が違うものを見ていては、正しいコミュニケーションはできない」と指摘する。

 日本は、このような院内相談の取り組みが遅れている。「従来の医療は、病気の治療結果が第一で、治療過程を含む医療への患者の満足は軽視されていた」と、医療訴訟に詳しい元大阪地裁判事の稲葉一人(かずと)・中京大教授は話す。厚生労働省は今年度から、岡本さん、稲葉さんらが作成したプログラムに基づき、院内相談員養成研修を始めた。先月、全国初の研修会が前橋市で開かれ、約60人のソーシャルワーカーや看護師らが患者との接し方などを学んだ。

 東京都葛飾区の病院の医療安全対策室で相談業務を担う豊田郁子さんは6年前、医療過誤で長男(5)を亡くした。深刻な容体なのに必要な治療はされず、家族の不安が医師に伝わらないまま長男は死亡した。その後も病院から十分な説明はなく、医療不信が募った。「医療を良くしたい」との思いから現在の職に就いた豊田さんは、「医療側と患者のコミュニケーション不足は、命にもかかわることを知ってほしい」と訴える。

 医療機関を中心に患者相談の機能が整備されれば、医療安全の確保にも役立つ。患者が満足しなければ、どんな良い医療も意味はない。当然ながら、医療者自身も「患者対応は面倒」とか「手がかかる」という意識を変え、患者の声に耳を傾けてほしい。「最初からきちんと対応すれば、無用な紛争も避けられる」と、自らの体験を踏まえて語る豊田さんの一言は重い。

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