がん患者句集見ず逝く

がん患者句集見ず逝く

◆俳人 渥美清追った森英介さん編集

 俳優渥美清さんの俳人としての半生に迫ったルポ「風天 渥美清のうた」の著者で、コラムニストの森英介(えい・すけ)さんが14日、膵臓(すい・ぞう)がんで都内の病院で亡くなった。70歳。毎日新聞在職中、俳句の奥深さに魅せられ、退職後も同社発行の俳句雑誌に名コラムを書き続けた。同じ病気で苦しむ人たちを少しでも勇気づけたいと、がん患者らが詠んだ俳句をまとめ、来年に出版の予定だった。
(小泉信一)

◇自ら患い「同病者に勇気を」

 「僕のように、余命まで告げられたがん患者に必要なのは、最期まであきらめないということ。目の前にニンジンをぶらさげて頑張ります」

 友人にそんなメールを送っていた。抗がん剤を投与し、杉並の自宅で療養していたが、先月、体力がみるみる落ちてしまったという。

 膵臓がんで入院したのは、「風天 渥美清のうた」が出版されてから8カ月後の3月中旬。病室の眼下には満開の桜が広がっていた。

 「病気は究極の現場。元新聞記者なら、1日10句の闘病俳句をつくれ」。見舞いにきた友人から励まされた。

 8月1日。森さんは外泊許可をもらって1日だけ帰宅した。新宿にある渥美清さんの墓に参るためだった。渥美さんも、転移性肺がんのため68歳で亡くなっている。

 記者は森さんと生前、何度か会い、渥美さんの墓参りも一緒だった。10月には銀座で会い、出版の話を聞いた。森さんの娘が37歳の時、膵臓がんで亡くなっていることや、妻が50歳を過ぎてから原因不明の病気で目が見えなくなったことも初めて知った。

 「今年のお彼岸に、娘が眠るお墓に久しぶりに行った。こんな句をつくったよ。『まあだだよ娘の墓洗ふ彼岸花』ってね」

 森さんは笑顔で話した。

 来年、出版を予定しているのは「いのちの歳時記―がんと闘う」(仮題)。中上健次、中野孝次、吉村昭など作家のほか、三波春夫、岸田今日子、岩城宏之、青木雨彦らがんで亡くなった著名人らが残した辞世の句を編集。妻や夫、家族をがんで亡くした市井の人たちの句も集めていた。収録数は200句ほど。

 「俳句を通じて日本人の死生観を見つめ直したい。闘病中の患者や家族を励まし、がんの検診率を高めることにも寄与したい」と森さん。病室にもパソコンを持ち込み、原稿を書いていたという。

 完成を待たずに旅立ってしまったが、俳句仲間が遺志を継ぎ、出版するという。

※森英介さんの経歴

 1939年、徳島県生まれ。早大卒後、毎日新聞入社。社会部、「サンデー毎日」編集次長、出版局次長など歴任。退社後は、コラムニストとして活躍。著書に「優日雅-夏目雅子ふたたび」(実業之日本社)、「渥美清句集 赤とんぼ」(本阿弥書店)など。

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