阪神大震災:生きとう限り灯りを守らな…末期がん夫の決意

阪神大震災:生きとう限り灯りを守らな…末期がん夫の決意

阪神大震災の犠牲者を追悼する神戸市中央区・東遊園地のガス灯「1・17希望の灯(あか)り」。00年の設置以来10年間、このモニュメントを掃除し続ける夫婦がいる。しかし今月、夫は「余命50~60日」の末期がんと宣告された。入院で掃除を休んだが、21日、約1カ月ぶりに夫婦でガラスを磨いた。「自分の務めを全うし、きれいな姿で1月17日を迎えさせたい」。夫婦は力を込めた。

 ◇阪神大震災モニュメント掃除する夫婦
 近くで日本料理店を営む舘川勝美さん(70)と千賀子さん(67)。震災で自宅マンションと経営する料理店が全壊、東遊園地に避難した。半年後、公園西隣に日本料理店「たて川」を再開。借り入れた1500万円を返すため、必死に働いた。

 震災5年の00年1月、東遊園地に「慰霊と復興のモニュメント」が建立され、一角で希望の灯りがともった。涙を浮かべ、手を合わせる遺族たち。点灯式典に参列し、胸にあふれる思いが込み上げた。灯りは三宮の自宅と店を行き来する途中にある。建立に携わったボランティアから見守りを依頼され、「自分らにしかでけへん」と、翌月から掃除を始めた。

 平日は毎日、立ち寄り、ぬらしたタオルでガラスの表面をふく。内側も、おしぼりに串(くし)焼きの串を通した特製モップをすき間に差し込んで丁寧にふく。「今日はええ天気やなあ」「お客さん来てくれるやろか」。掃除の間は心が穏やかになり、夫婦の会話も弾んだ。

 しかし、勝美さんは先月、腸の検査でがんが見つかった。今月3日に入院、7日手術で大腸を20センチ切除したが、がんは肝臓に転移していた。16日の退院後は治療に取り組まない道を選び、自宅で療養生活を送っている。

 「好きな酒が飲めたからええねん。何の悔いもない」と勝美さんは話す。千賀子さんは体を心配し、「もう、掃除はさせない」と話すが、勝美さんは体が許す限り、掃除をしたいという。「生きとう限り、震災を忘れられへん。灯りを守らな」。勝美さんの決意だ。

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