間寛平が前立腺がん告白も世界一周は継続

間寛平が前立腺がん告白も世界一周は継続

マラソンとヨットによる世界一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平(60)が13日深夜、公式ブログなどで前立腺がんと診断されたことを明かした。だが、注射や薬でホルモン治療を続け、15日からマラソンを再開する。08年12月に大阪をスタートし、現在トルコ・アンカラを過ぎた地点まで到達しているが、陸路はまだ1万キロを残している。寛平は「1日も早くゴールして、病気を治すように頑張って帰ります」。医師3人が治療法を決めたが、医療事情が万全でない国を通過することもあり、今後の体調が心配される。

 08年12月17日に、大阪・なんばグランド花月をスタート。アジアに戻ってきた直後だけに、衝撃は大きい。太平洋、米国を横断、昨年7月には大西洋で還暦を迎えた。順調に進んでおり、寛平には自覚症状はまったくなかったが、昨春から予兆は芽ばえていた。

 ロサンゼルスでPSA値(前立腺特異抗体)の検査を行ったところ、高い数値を示した。前立腺炎の疑いがあるということで、抗生物質を処方され、その後もコロラド、ニューヨーク、仏・ルアーブル、チェコ・プラハでも検査を行った。痛みなどの症状は何もなく、数値は高めで安定していたが、昨年12月、イスタンブールで最高数値を示してしまった。元日からマラソンは中断し、4日に生体検査を受けた。

 寛平は検査結果を待っていた時の心境を「ひょっとしたら死ぬんかなあとかいっぱい思いました。不安で寝られへん時もいっぱいありました」と振り返った。それでもブログには、マッサージの様子や、生体検査前日から控えていたアルコールを解禁する様子、光代夫人との食事風景などをアップし、笑顔を見せていた。

 しかし、恐れていたように、前立腺がんが見つかった。トルコの泌尿器科の専門医、ニューヨーク在住の日本人医師、日本から駆け付けた日本人医師が、データを見ながら話し合いを行い、注射と経口薬によるホルモン投与で、がん細胞を抑える治療法を選択。運動ががんを進行させることはなく、マラソンと治療の両立が可能だと判断した。寛平はブログに「『良かったな! まだ幸運や! 治しながら走れるで』と聞き、めちゃめちゃうれしかった」と、恐れより、走れる喜びをつづった。

 がんが見つかり、本来ならマラソン中止の判断に傾くところだが、寛平は走ることを決断した。また、昨年5月に、がん性リンパ管症で死去した歌手忌野清志郎さんへの思いもある。清志郎さんは、友人を応援するため「RUN寛平RUN」「走れ何処(どこ)までも」を作詞、作曲。この2曲が最後のレコーディングとなった。訃報(ふほう)を受け取った寛平は号泣し、走ることが清志郎さんのためになると決意。この日も、寛平のスタッフが清志郎さんの事務所に走り続けることを報告したという。

 再スタートは15日、大みそかに陸路1万キロ走破のテープを切ったアンカラ近郊のララハンだ。すでにウオーキングを開始し、ゴールまで禁酒することを決めた。残りは1万キロ。寛平は「僕以外にも大変な病気の方もいてると思うんですけど、みんなも頑張ってください。僕も頑張ります」。周囲を気遣う寛平らしい言葉でコメントを結び、決意を示した。

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