希望の灯り 清掃10年きょう感謝状 夫がん宣告後も1人

希望の灯り 清掃10年きょう感謝状 夫がん宣告後も1人

 阪神大震災の犠牲者を追悼するモニュメント「1・17 希望の灯(あか)り」(神戸市中央区)が設置されて以来10年間、清掃を続ける夫婦がいる。夫は昨年12月、末期がんで「余命60日」を宣告された。それでも妻は、生命のともしびにも見える灯りを「まさに二人の〈希望の灯り〉」と言い、お互いの絆(きずな)を確かめるように黙々と掃除に励んでいる。

 近くで居酒屋店を営む舘川(たてかわ)勝美さん(70)、千賀子さん(67)。震災で中央区の自宅マンションと店が全壊。同モニュメントがある東遊園地は、二人が最初に身を寄せ、生活を再出発させた“希望”の場所だった。約1か月後、店を再開。水は出なかったが、被災者に温かい料理を振る舞った。「お客さんが待っていた。恩返しをしようと頑張って働いたなぁ」と勝美さんは振り返った。

 2000年1月17日、モニュメントが設置、点灯された。見守った千賀子さんは当時を思い出して、思わず涙があふれた。そんな頃、知人のボランティアから「モニュメントを見守ってね」と頼まれた。掃除を始めたきっかけとなった。

 「おはよう」「頑張るよ」。毎朝午前10時頃、千賀子さんは元気に「灯り」に呼びかける。ガラスの表面と内部を丁寧にふく。串焼きの串におしぼりを巻いた特製の道具で、すすで汚れる内側を磨く。

 「掃除を続けることは運命だったのかも。気持ちがすっきりする」と打ち明け、「今では生活の一部」と表現する。勝美さんは「あの時、死んでいたかもしれないと思いながら、気持ちを込めている」と話す。

 しかし、約1年前から肝臓を患った勝美さんは、一緒に掃除ができなくなった。昨年11月末には大腸がんが判明。12月に手術したが、肝臓への転移がわかった。退院後の同21日、久しぶりに夫婦そろって掃除をした。「最後かも……」と千賀子さんは思った。勝美さんは「いつもと一緒」と笑った。結婚して37年。「かーこちゃん」「大将」と呼び合う二人。わずか5分間の共同作業は、大切な時間だった。

 震災から15年を迎える17日、東遊園地で開催される「阪神淡路大震災1・17のつどい」の実行委員会は長年の清掃活動をたたえ、千賀子さんに感謝状を贈る。

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