がんを生きる:/59 戦いを終えて/上 結人君はそこに居る /大阪

がんを生きる:/59 戦いを終えて/上 結人君はそこに居る /大阪

「かめはめ波ーッ!」

 自らを人気アニメ「ドラゴンボール」の主人公・孫悟空になぞらえ、乳幼児に特有のがん「神経芽腫(がしゅ)」と戦ってきた田村結人君(当時8歳)が昨年11月16日早朝、天に召された。大親友の槌屋匠人(たくと)君(9)と収まったこの写真は、戦いの名シーンで、遺影にも使われた。「確かに体はないんですけど、結人はそこに居るんです。うまく言えませんけどね」。母亜紀子さん(36)は時に笑い、時に涙しながら語る。

   ◇  ◇

 昨年夏以降の壮絶な戦いぶりを、以下に記したい。

 8月、肝臓への転移が判明。9月中旬、医師から「来年の桜を見るのは難しい」と告げられる。抗がん剤を強い種類に変える。

 10月18日の朝、息が苦しく、胸をかきむしる。「人工呼吸器を付けるかどうか、30分以内に判断を」と医師。父太郎さん(38)は、考えを巡らせた結果、呼吸器導入を決断、口から管を入れた。30日、肝臓に転移したがんが大きくなり、肺を圧迫。苦しさと悔しさからか、親に隠れるようにして、声をしゃくり上げ泣く。

 11月2日、尿が出なくなり、人工透析も開始。目を覚まして、管だらけの自分に気付き、悔しそうに体をたたいたことも。それでも、鼻をヒクヒク動かして意思表示し、両親や看護師を「やるなあ」とうならせる。

 15日夜、父が子どもに人気のカードゲーム「遊戯王」の記述を読み聞かせ。「これ、強いよなあ」の問いに、鼻ヒクヒク。

 16日未明、血圧や体温の低下が始まる。午前5時半、付き添いの父が、母や親せきを呼び寄せ始める。午前7時54分、母のひざの上で抱かれたまま、静かに戦いを終えた。

   ◇  ◇

 遺骨と衣服を詰めた小さなリュック。これが、今の結人君の現世での姿だ。友だちは、ほぼ1日おきに田村家を訪れ、「結人君」を背負ったまま遊び、時には「お泊まり」と称して自宅に持ち帰る。いざこざがあっても、「結人はこっちがいい、って言ってる」で一件落着。なんともありがたい存在だ。

 2月初旬、そのリュックを背負った匠人君が、友だち2人を連れて、田村家になだれ込んできた。「一緒に塾に行って来た」と匠人君。いないけど、そこにいる。結人君を知る人々は今、そんな不思議な感覚に包まれながら、泣いたり笑ったり、とても忙しい。

 08年4月以降、本連載に数多く登場してくれた結人君。その戦いぶりと私たちに残したものについて、数回に分けて報告する。【福田隆】

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