朝日俊彦医師:どう生きて、どう死ぬか がん治療一筋、自らもがんに /香川

朝日俊彦医師:どう生きて、どう死ぬか がん治療一筋、自らもがんに /香川

身をもって示した生き方、死に方
 がん治療に長年携わり、県内のがん患者の会「さぬきの絆(きずな)」の設立を呼び掛けた「あさひクリニック」(高松市福岡町4)理事長、朝日俊彦医師が昨年末、63年の生涯を閉じた。08年秋、自らに末期がんが発覚。その後も講演で治療体験を語り、「よりよく生きること」といった終末期医療の意義などを伝えてきた。朝日医師が身をもって示した生き方、死に方とは--。【三上健太郎】

 「本日はみなさん、私のためにお忙しい中おいで下さり、誠にありがとうございます」

 1月2日、市内の斎場に流れたのは、生前の朝日医師の肉声。参列者の涙を誘った。

 「素晴らしい人生が送れましたことを心より感謝しています」

 3分半のメッセージの中で、妻や4人の子、6人の孫らを「人生で得た宝物」と紹介した。亡くなる約3週間前に録音したものだ。参列者に配られた「会葬御礼」の文面も自分で考えたという。

   ◇

 泌尿器科医の朝日医師は1982年、県立中央病院に赴任。当時はタブーとされたがん告知を始めた。多くの患者をみとり、向き合う中で「死からは逃げられない」と考えるようになった。在宅医療により力を注ごうと07年7月にクリニックを開院。翌年の秋、自身の胃と肝臓にがんが見つかった。末期だった。それでも診察はやめなかった。

 昨年4月からは診察を週2回に軽減。9月には胸水がたまり1カ月入院した。退院したころ、抗がん剤による治療をやめた。「これ以上続けてもしんどいだけ」。12月1日が医師として最後の診察となった。21~23日には多くの見舞い客が訪れた。やがてうなずくこともできなくなり、30日未明、自宅で息を引き取った。

 ◇闘病中の手記を出版へ
 「私の体験が役に立てば」と講演会でがん治療を語った朝日医師。「がんになって落ち込むのは簡単。死ぬ準備ができると前向きにとらえる」

 がんが発覚してからの心境などを書きためていた手記は、遺作として現在出版に向けて編集中だという。

 「がんが発覚してからも、それまでの姿勢が変わることはなかった。より言葉に温かみや実感がこもっていた」と長女で産科医の西口園恵さん(35)。自身の考えを貫き、最後まで全うした。「父の生き方を通して在宅医療などを考えるきっかけになれば」と話す。

   ◇

 朝日医師が伝えたかったメッセージとは。私は「どう死ぬかを考えることは、どう生きるかを考えること」ではないかと思う。普段は向き合うことを避けがちな「死」を考えることで、よりよい「生」につながる。そんな姿勢を学ばせてもらったと思っている。

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