Dr.中川のがんから死生をみつめる:/43 それぞれの「生命の時間」

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/43 それぞれの「生命の時間」

私たちが見ているものは、ある意味すべての過去の姿といえます。今、見ている太陽は8分前の姿です。冬の夜空に輝くオリオン座のベテルギウスは、理科年表によると地球から497光年、リゲルは863光年も地球から離れています。このため、今、私たちが目にする二つの星は、それぞれ497年前、863年前の姿なのです。

 厳密に言えば、すぐ隣の人の顔ですら、わずかですが過去のものです。30センチ先から光が届くには、10億分の1秒かかるからです。

 そもそも、網膜に入った光が神経を通って大脳の視覚中枢で認識されるまでに、0・5秒くらいかかります。「目の前のもの」ですら、0・5秒前の過去の姿を「見ている」ことになるわけです。

 さらに、網膜と視覚中枢を結ぶ神経の長さは、人それぞれですから、各自が見ている「現在」の世界は、すべて違った時刻のものになります。万人に共通する「現在」など存在しないのです。

 生き物の種類やからだの大きさによっても、「時間」は違っています。たとえば、心臓の拍動は、小さな動物ほど速く、大きい動物ほど遅くなります。体重30グラムのネズミの心拍数は1分間に600~700回、0・1秒に1回拍動しています。しかし、体重700キロの馬は2秒に1回、3トンの象は3秒に1回になります。ちなみに、人間は1秒に1回くらいです。

 心臓の拍動だけでなく、呼吸や排せつまでの時間など、生命現象の「テンポ」は、およそ体重の1/4乗に比例する、つまり体重が重いほど「生きるペースが遅い」のです。このため、不思議なことにも思えますが、一生の間に心臓が拍動する回数は、ネズミも馬も象も、そして人間も約15億回で、一緒になっています。

 生命活動のテンポを尺度に比較すると、からだの大きさに関係はなく、一生の間に心臓が拍動する回数も、呼吸の回数も同じになります。

 動物は、「寿命」という「生きる時間」の長さにかかわりなく、ほぼ同じだけ「生きている」ことになります。生き物にも、私たちにも、「それぞれだけの時間」があるのです。

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