がんを生きる:/61 戦いを終えて/下 理想の治療施設目指す /大阪

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◇想像超えた喪失感も、気持ち新たに
 乳幼児に特有のがん「神経芽腫(がしゅ)」と6年間闘い、昨年11月、天国へと旅立った田村結人(ゆうと)君(当時8歳)=茨木市。悲しみの深さは想像を超えた。「当初は何とか前を向いていたんですが、1カ月がたったころ、結人がいないという現実がかなりつらくて……。何が本当で何がウソなのか、分からなくなった」。母亜紀子さん(36)は「喪失感」にさいなまれた。

 子どもたちも「友だちの死」という衝撃にのみ込まれた。亡くなって間もないころ、亜紀子さんの携帯電話に大親友の槌屋匠人(たくと)君(9)の母親から「匠人はずっと泣いています」とメールが届いた。小学1年の女の子は「ちょっと、ねてるときにゆうとくんのことをおもいだすの」と寂しさを手紙に記した。

   ◇  ◇

 しかし、悲しみの大きさはつながりの強さの裏返しだった。亡くなる1カ月半ほど前に開かれた小学校の運動会。結人君の希望で見学が実現した。おなかが張り足元がふらつく中、グラウンドをしっかりと見つめる姿に、クラスメートが気付いた。ダンスの演技が終わると、「ゆうとー!」と叫びながら人込みをかき分けて本部席に全力疾走してきたシーンは、学校での最後の思い出になった。

 友情は天に召された後も続く。出棺時には大勢が集まり、泣きながら「ありがとう!」と繰り返した。11月27日の結人君の誕生日には30人近く集まり、田村家は「子どもパワー」であふれた。

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 父太郎さん(38)は、阪神大震災でのボランティア活動から、社会問題を事業で解決する社会起業家への道を歩み始めた。しかし今年の大震災発生の日(1月17日)は、これまでにない気持ちで迎えた。むきだしの心に、6000人以上の人々が亡くなったことの重みが突き刺さった。それぞれの命を知る無数の人々が、故人のぬくもりを残したままで、悲しみや愛(いと)しさなど、たくさんの思いを抱いて、今を生きている。「人の心とはなんと奥深いのか」。そして、結人君との日々を見つめ直した。

 太郎さんと亜紀子さんは、理想の小児がん治療施設の建設を目指すNPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」の活動に、新たな気持ちで臨んでいる。「『なぜ』を問い始めたら、とめどない。当事者の気持ちは本人にしか分からないけど、分かろうと思い、寄り添うことが大切だ」と太郎さん。亜紀子さんも「子どもがいつ目を覚ましてもそばにいてあげられるような、親が付き添える入院環境を必ず実現させたい」と誓う。

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 結人君が好きだった木の香りがする家には今、小さな来客が日替わりで訪れる。テレビゲームで大騒ぎする男の子たちもいれば、一人でこっそり夕ご飯を食べに来る女の子も。匠人君は「人の役に立つ人間になる」と心に決めた。泣いたり笑ったり、大人も子どももまだまだ迷いが尽きない。そんな時、写真立てに収まるまん丸顔の結人君が、おなじみの口調で語り始める。

 「そんなん、こうしたらええねん。よう聞いといてな……」【福田隆】

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