がんを生きる:/63 ICU症候群/中 経過順調、外でバスケも /大阪

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◇再発の不安消えた?……骨盤周囲に転移
 府内の病院で、筋肉などにできるがん・横紋筋肉腫と闘っていた兵庫県伊丹市の金川淳一君(当時15歳)は04年12月、救命救急センターや重症室で長く過ごした後遺症とみられる「ICU症候群」に陥った。医療機器の電子音が常に響き、家族の面会も制限される環境を考慮し、医師らも、淳一君の好きなバスケットボールのビデオを流すなど気にかけていた矢先だった。

 淳一君はすぐ個室に移ったが、しばらくは興奮して夜も眠らず「帰ろう、帰ろう」とベッドを下りた。「淳一を1人にさせない」。同年秋の入院以来、初めて付き添いの泊まりも許され、家族は交代で寄り添った。淳一君は普段、外では友逹に強がって見せる一方で、帰宅後にこっそり泣いたりするタイプだった。母富子さん(52)は、この時を振り返ると「淳一も、我慢がたまりにたまっていただろうな」と思う。

  ◇   ◇

 落ち着きを取り戻し、年が明けてからは、通常の10倍近い抗がん剤を使った大量化学療法を取り入れることになった。医師は、淳一君の動揺に気を配り「がん」という表現は避けながらも、横紋筋肉腫という病名を伝え、病と向き合う「同志」として「薬を使い、頑張って治療しよう」と直接話し合った。薬の投与を控えた3月後半には、中学校の校長室で、卒業式に参加できなかった淳一君だけに特別な式典も開かれた。

 心の支えを得ても、治療は予想を超える副作用を伴った。口の中から腸まで粘膜がただれ、水すら飲めずに下痢が続く。肌は黒ずみ、つめがはがれた。「何でおれだけ」「助けて」。淳一君が、治療に対して初めて弱音を吐いたのもこの時だった。トイレに行くだけでも、富子さんや姉亜由美さん(27)ら家族の手が欠かせない。闘病を通じて改めて確かめ合えた「結束」が、淳一君と家族を奮い立たせた。

 幼いころからスポーツを続けていたおかげか、治療を経た淳一君の体内で、白血球の数値は驚異的な速さで正常値に戻った。5月には、自宅療養を中心にした生活が送れるまでになった。週1回の血液検査も良かった。ただ一つの心配は、淳一君が横紋筋肉腫の中でも再発率の高い種類だったこと。外に出て、バスケットボールを手にドリブルをするまでになった淳一君を見ると、不安は消せるようにも思えた。

 だが、1カ月ほどすると、腰痛を訴え、血液データにも再び異常が認められるようになった。骨盤の周囲に転移していた。

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