記者の目:がん患者になって考えさせられた 佐々木雅彦

記者の目:がん患者になって考えさせられた 佐々木雅彦

私は昨年1月から8カ月間がん治療のため入院し、10月に職場に戻った。44歳の私と同世代のがん体験者に取材を始めると、職場復帰できた私は恵まれたケースだと知った。職場復帰を心の支えに闘病しているのに帰る場所がないという現実はつらい。がん研究振興財団の「がんの統計09年版」によると、日本人でがんになるのは2人に1人、うち2割が20~50代だ。働き盛りのがん経験者が置かれている現状を訴えたい。

 私は昨年1月、左太ももに骨のがん、骨肉腫を発症したため入院。病巣部を摘出して人工関節を入れた後、化学療法を続け、9月に退院、自宅療養を経て大阪社会部に戻った。抗がん剤の副作用の血液減少などがあり、1日5時間勤務から始め、慣らしていった。

 先月、信用調査会社に勤める改發(かいはつ)厚さん(37)=大阪府=に話を聞いた。改發さんは精巣腫瘍(しゅよう)で04年から1年4カ月間入院した。入院前は兵庫県内の支店の外勤。激務だったが充実感があった。ところが入院中、「君が働けないため支店は赤字。代わりを入れる。君の席はない」と上司に通告された。「復帰を目指して必死だった。それなりの伝え方があるのではと悲しかった」と改發さん。復職時、別の支店に異動となり内勤に。給料も下がったという。

 入院中は社会と隔絶され、ただでさえ疎外感に襲われる。私の場合、上司に「しっかり治せ。焦るな」「何か書きたくなったら紙面はあるぞ」と励まされ、昨年7月から大阪地域面で闘病記「骨肉腫と闘う」(http://mainichi.jp/life/health/kotunikusyu/)の連載を始めた。病床からでも記事を書けることが精神的支えになった。

 一方で別の悩みが生まれた。私の5年生存率は8割。退院時、主治医には「免疫が落ちると再発する。体を疲れさせないように」と言われた。前のように仕事をしたいと思うことからくる焦りに加え、仕事の負荷が再発の引き金になるのではないかという不安も募るのだ。

 がん体験者の就労支援会社「キャンサー・ソリューションズ」(東京都文京区)社長の桜井なおみさん(43)は「働き世代が仕事を失うと、生きがいもなくなる」と話す。桜井さんらが手がけた東京大学医療政策人材養成講座「がん患者の就労・雇用実態調査」(08年)に対し、がん体験者の76%が「がんと診断された時、それまでの仕事を続けたいと思った」と回答。だが、そのうち3割の人は解雇・退職などで転職した。

 桜井さんも設計事務所に勤めていた04年、乳がんと診断され、復職後も週1回通院した。10人足らずの家庭的な雰囲気の職場だったが、やがて上司に「先の仕事を任せる見込みの立たない人を雇う余裕はない」と言われ、06年に自ら退職した。ハローワークでは、就職活動でがん体験を言わない方がいいとアドバイスされ、がんに対する世間の壁を感じた。

 ところが新しい職場で、がんを告白すると、すんなりと受け入れられた。平均年齢が若い前の職場と比べ年配者が多く、病気の人との接し方を肌で知っていた。職場の理解の大切さを実感したという。

 07年、桜井さんは、がん体験者が助け合う活動を始め、手術や通院で有給休暇を使い切った人が解雇されたケースがあることを知った。雇用問題を解決する道を探ろうと、昨年12月からキャンサー・ソリューションズで、▽がん体験者の声を各種調査研究に活用してもらう▽がん体験者の雇用継続のためのサポートプログラムを企業に提供する--などに取り組み始めた。桜井さんは「勤務のハードルを少し下げてくれるだけでいい。私たちが生きている姿を見せることで、がんイコール死という偏見をなくしたい」と力を込める。

 改發さんも昨秋、ある経営者から戸惑いの声を聞いた。がん患者に医療情報を提供するNPO法人「キャンサーネットジャパン」(文京区)のセミナーで講師を務めた際、「社員ががんになった。どう対応していいか分からない」と質問を受けたのだ。改發さんは「いつも通りに接し、コミュニケーションをしっかり取ってほしい」と答えた。

 私の入院中、同僚の一人は、私の葬式で弔辞を述べる自分の姿を想像したという。がんは死を意識させる言葉だと私も思う。だが医療技術が進んだ今、死に直結はしない。社会復帰する人は増える。だからこそ「がんだから仕事を任せられない」とレッテルを張らないでほしい。そもそも何の憂いもなく仕事に臨める人は多くないはずだ。がん体験者も自分の思いを発信していこう。そうしないと周りに伝わらず、理解も深まらない。がんはその人の一つの特徴に過ぎない。誰もがそう考える社会になってほしい。

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