浜松大サッカー部・大槻選手 がん克服し半年ぶりピッチに戻る

浜松大サッカー部・大槻選手 がん克服し半年ぶりピッチに戻る

『来年には試合も』
 浜松大(浜松市北区都田町)サッカー部の司令塔が半年ぶりにピッチに戻ってきた。精巣がんが見つかり、死を覚悟した闘病生活をくぐり抜けた4年の大槻優平選手(21)=京都府出身。「生きる喜びを実感している。ことし1年間は体をつくり、来年は留年して、試合復帰を果たしたい」と話し、リハビリする場所にグラウンドを選んだ。休学していた大学にも9日から復学する。 (報道部・川住貴)

 大槻選手は身長171センチと小柄だが、抜群の技術を誇るチームの大黒柱。精巣がんと診断されたのは昨年10月。血痰(けったん)が出た上に、腹部の痛みを感じた。出身の京都市内の病院で精密検査を受けたところ、肺と腹部に腫瘍(しゅよう)が転移していると、診断された。すぐに入院して手術。その後、過酷な抗がん剤治療が始まった。4日連続で、朝9時から午後11時まで、治療を受けたこともあったという。

 「死と向き合った生活でした。抗がん剤治療が苦しくて。でも、チームメートや監督らの励ましで、生き抜いた」と大槻選手は振り返った。生きることとサッカーへの執念が実りことし3月、肺と腹部に転移していた腫瘍をすべて消し去り、完治となった。

 浜松に戻った大槻選手が最初に向かったのは、浜松市東区有玉台の練習場だった。そこには、長沢和明監督はじめ、チームメートの笑顔があった。「前向きに、生き抜こうとする精神力が実った。彼のたくましさをみんなが学び取ってほしい」。長沢監督はうれし涙を流した。チームメートも、肩をたたき、闘病の労をねぎらった。

 体重は数キロ落ち、体力も衰えたため、現在は歩行と、ボールを使った軽い訓練のみ。しかし、大槻選手は「絶対に試合復帰して、みんなに迷惑をかけた分を取り戻したい」と闘志をにじませた。

 10日には浜松大の2連覇をかけた東海大学一部リーグが開幕する。チームメートらは「大槻選手の分まで頑張りますよ」と優勝を誓った。

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