がんと闘った少女の勇気…今春映画に

がんと闘った少女の勇気…今春映画に

左足の切断、自ら決める
小児がんに冒されて15歳の若さで亡くなった少女と交わした150通の手紙を基に、埼玉県の主婦が書き下ろした「育子からの手紙」が、刊行から約20年を経て映画化された。

 原作者の主婦は今、がんと闘う日々で、「懸命にがんと闘い続けた少女の勇気を、同じ病気に苦しむ人たちに伝えたい」と訴えている。

原作・20年前の「育子からの手紙」
 原作者は、埼玉県松伏町の副島喜美子さん(72)。1984年夏、結核性股(こ)関節炎で、当時暮らしていた岐阜県から名古屋市内の病院に入院した時、隣のベッドにいたのが、小児がんと闘う愛知県の中学1年、増岡育子さん(当時13歳)だった。

 4人の子どもがいる副島さんは、我が子と同じ年頃の育子さんが懸命に苦痛に耐える姿に、「できることは何でもしてあげたい」と感じるようになった。不安や痛みで眠れない夜には、ぎゅっと手を握りしめた。病室が別になってからは手紙を交換し、副島さんの退院後もやり取りは続いた。

 育子さんの病状が悪化し、延命を図るには、左足の切断が避けられなくなった時のこと。すでに退院していた副島さんは、育子さんの両親から「どうしたらいいのか」と相談を受けた。「本当の病状を伝えてあげて下さい。私も出来る限り応援します」と励まし、術後の育子さんに渡してもらおうと、手紙を託した。そこには、こうつづった。

 「例え片足を失っても、育ちゃんだったらきっと幸せになれる。でも、かなしいよね。一緒に泣こう。泣いて泣いて、一滴も涙が残っていないほど泣いたら、後は生きることを考えようね」

 ところが、手紙は手違いで、医師が切断手術を宣告する前に、育子さんの手に渡ってしまった。育子さんは手紙に目を落とし、気丈にこう語ったという。「私から先生に『切って』ってお願いする」

 育子さんは87年、15歳で生涯を終えた。副島さんが育子さんとの交流を1冊の単行本にまとめたのは、その2年後だった。

 映画では、副島さん役を女優の原日出子さん、育子さん役を若手女優の宮崎香蓮(かれん)さんが演じている。育子さんが足を失いながらも元気を取り戻し、修学旅行に行ったり、引っ越した副島さんの元に遊びに行ったりする様子も描かれている。

 「私のあの手紙で、育ちゃんは厳しい道を選択してしまったのではないか。他人の子供の運命にこんなに立ち入って良かったのか」。副島さんは長年、後悔の念を抱いていた。ただ、完成した映画を見て、「手紙の数々が育ちゃんを少しでも勇気づけ、元気になってくれたのなら、書き続けてよかった」と思えるようになったという。

 副島さんは6年ほど前からがんに冒されている。ベッドから起き上がれない日もある。それでも、先月17日には、車いすで東京・新宿区の映画館へ初日の舞台あいさつに顔を出し、「病に絶望するだけでなく、立ち向かう勇気を感じてもらいたい」と呼びかけた。

 問い合わせは、「育子からの手紙」製作委員会(03・3400・3800)。

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