「がんに負けない」女子柔道家 母校でコーチ 

「がんに負けない」女子柔道家 母校でコーチ 

高校日本一になるなど五輪出場も期待された三田市出身の女子柔道家が、小児がんを乗り越えて畳の上に戻ってきた。この春からは母校の教師となり柔道部のコーチに就任。後輩を指導しながら現役復帰を目指す。「道場にいるだけで元気になれる。もう一度、強くなりたい」。再出発に目を輝かせている。(山本哲志)

 三田市けやき台の小林咲里亜(さりあ)さん(22)。けやき台小3年の時に柔道を始めた。身長149センチと小柄ながらスピードと切れのある技で頭角を現し、夙川学院高3年の2005年には、全国総体48キロ級決勝で後に北京五輪銅メダリストとなる中村美里選手を破った。06年のブルガリア国際も制し、トップ選手への階段を駆け上がっていた。

 だが、知らず知らずのうちに体を病魔がむしばんでいた。強豪東海大に進学した06年4月、健康診断で腹部に異常が見つかる。「神経芽細胞腫(しんけいがさいぼうしゅ)」。3歳までの乳幼児に多く見られる小児がんの一種で、18歳での発症はまれだった。

 「背中をたたかれたら痛かったかな、と思ったくらいで、全く自覚症状が無かった」と小林さん。腫瘍(しゅよう)を摘出し、同年秋の全日本ジュニア選手権で復帰したものの決勝で接戦の末に敗れた。「負けたショックで眠れない日が続いた。それが悪かったのかも」。翌07年、がんが再発した。

 左の腎臓と副腎を取り除き、抗がん剤の投与で髪の毛は抜けた。それでも、前向きな気持ちは失わなかった。「肩の荷が下りた感じもした。それまでは『勝たないと』という重圧で追い詰められていたから」。同じ病院に入院している子どもとの触れ合いも励みとなり、「子どもたちと接する仕事がしたいと思うようになった」という。

 08年夏に退院した後は、放射線治療を受けながら大学近くの子どもたちに柔道を指導。この春、大学を卒業し母校・夙川学院の保健体育科講師となった。

 再発の不安はあるが、体調はほぼ回復しており、できれば今年中にも選手としても復帰するつもりだ。「初心に帰って、柔道を楽しみたい」。新たな目標に向かって歩み始めた。

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