がんを生きる:/67 励ましの便り/上 そっとゆっくりと頑張って /大阪

がんを生きる:/67 励ましの便り/上 そっとゆっくりと頑張って /大阪

◇毎日新聞闘病記「骨肉腫と闘う」に多くの手紙が
 本紙に連載した闘病記「骨肉腫と闘う」(昨年7月~今年3月)に、読者から何通もの便りをいただいた。9月の退院、10月の職場復帰後も、抗がん剤の副作用で肝臓や腎臓の機能や血液の製造能力がなかなか回復せず、仕事もままならなかった。手紙が届き始めたのはそんな時だった。どれも、自身や身内の大病経験や苦労話を記し、私へのいたわりの言葉があった。がん体験者からの手紙もあった。感謝の気持ちを込めて、手紙を2回に分けて紹介したい。

 2月3日、夕刊社会面の「憂楽帳」に「お礼参り登山」と題して書いた。大阪、奈良府県境の金剛山に1月、ロープウエーで上がり、つえをついて山頂に立った話だ。すると、2通が届いた。

 1通は岸和田市の武田環さん(78)からで「もう仕事ができるようになられたのだと、ほっとしました」。このころの掲載中の闘病記では、私はまだ化学療法の真っ最中。武田さんは憂楽帳を読むまでは、私が入院中だと思われていたようだ。長男が44歳の私と同じ年齢で、「我が子のことのように思えて」と感想をもらった。

 もう1通は東大阪市の稲井道子さん(61)。40代で乳がんになり、精神的に追いつめられただけに、私の回復具合が「本当にうれしく、あーあー良かったと思いました」。

 闘病記30回目「『憶病になれ』恩師の言葉胸に退院」が3月16日に掲載されると、池田市の鹿野又(かのまた)鈴子さん(75)から手紙が来た。母と兄をがんで亡くされており、「恩師の方の言われるように、そっとゆっくりと頑張って」とあった。

 闘病記連載終了(同30日)の直後には、豊中市の小嶋順子さん(66)から届いた。夫が02年に脳出血に。一時は記憶も失ったが、今では文字が書けるまで回復したという。文面の「頑張って!負けるな!と、いつも届かない声援を送ってきました」の言葉が聞こえてくるようだった。

 豊中市の細川晴子さん(63)にも「自分の子どものように心配」していただき、「涙なしでは読むことができませんでした」と記されていた。

 私は体もかなり回復し、今月から通常勤務に戻った。2カ月に1度、再発チェックのため通院する。雑踏ではつえをついているが、屋内では二本足だけで歩ける筋力もついた。

 今、手紙を読み直し、病や苦労を経験すると人は優しくなれるのだと痛感する。だから、面識もない私に温かい言葉をかけてくださるのだろう。励ましの手紙のほか、「記事に元気づけられた」という便りもあった。最近、がんを宣告された方や、身内をがんで亡くした方たちからだった。【佐々木雅彦】

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