耳・鼻・のど 耳下腺腫瘍:3 悪性化への不安

耳・鼻・のど 耳下腺腫瘍:3 悪性化への不安

2004年1月、茨城県のつくば支局長をしていた私は、「良性の耳下腺腫瘍(しゅよう)」と診断され、手術して切除するかどうかの決断を迫られることになった。

 決断は簡単ではなかった。耳下腺内には顔面神経が走っており、手術で顔面まひになる可能性もあるからだ。

 記者はいろいろな人に会って話を聞けるのが大きな魅力だ。好きな仕事に支障が出るかもしれないと思うと、恐ろしくてたまらなかった。「良性なのに手術をする必要があるのか?」と思うが、放っておくと悪性になる可能性がある。リスクをてんびんにかけても、答えは容易に出ない。

 家族は顔面まひの可能性のある手術に否定的だった。母は「手術をしないで済むなら、無理にしないでほしい」、妻は「何年かすれば新しい治療法が見つかるかもよ」。

 結局は経過観察をすることになった。

 いつ悪性になるかわからない。いつも不安を抱えていた。悪性になった場合も顔面まひが起こると聞き、鏡に映った顔をふくらませたり、つぼめたりして確かめるのが日課になった。会社のトイレでして、不審がられた。

 ある日、朝起きたらまひが起きているかも、と寝つけなかった。気にし始めるときりがないもので、痛みや熱があるような気がして冷却シートを張ることもあった。

 身近に同じ病気の人がいた。テレビ朝日水戸支局長の田村保憲(たむらやすのり)さん(42)だ。03年夏、当時35歳だった田村さんは耳下腺腫瘍の手術を受けていた。悪性だったため顔面神経を切除した。顔面まひの不快感やがん転移の不安とも闘っていた。今も元気に仕事を続ける田村さんが、当時、私にこう言ってくれた。

 「斉藤さんのように良性だったら、確かに悩みますよね。悩むのは大変ですが、悪性の可能性が高かった僕の場合は、悩むこともできず、手術するしかなかった」。そう、確かに悩めるだけ幸福だった。田村さんの言葉で気持ちが前向きになった。

 その後、つくばから富山、東京、名古屋と転勤した。1年に1回、検査を受けて様子を見た。大きな変化はなかった。このまま、この腫瘍を一生持ち続けてもいいかなと思い始めていた。

 ところが、09年春、腫瘍に触ったところ、口元がピクピクときたのだ。

トラックバック&コメント

この記事のトラックバックURL:

まだトラックバック、コメントがありません。


トレックなどが癌患者サポートプログラムを開始 »
« 【ATL―成人T細胞白血病―制圧へ】治療薬研究 学生挑む 福岡大薬学部 「待っている人いる」