【論壇時評】6月号 評論家・稲垣真澄 “がん死”の地域差と経済格差

【論壇時評】6月号 評論家・稲垣真澄 “がん死”の地域差と経済格差

たとえば「中央公論」が「がん生き残り術」と「活字メディアが消える日」という2つの大きな特集を組んでいるように、他の雑誌でも関連の文章に読ませるものが目立った。「Voice」でいえば「電子書籍が日本文化を破壊する日」(岸博幸)「電子出版狂想曲」(山本一郎)などだし、「文芸春秋」の特集「家族を守る医療」や「グーグル秘録『メディアの破壊者』」(ケン・オーレッタ)、「世界」の「看護師が辞めていく」(上野玲)などだ。

 ところでキューブラー・ロスは今や古典ともなった『死ぬ瞬間』で、末期がんの患者らが死を受容するまでの5階梯(かいてい)(否認・怒り・取り引き・抑うつ・受容)を描いているが、その5階梯説をもって語られるのがなんと「がん特集」の方ではなく、電子書籍論、デジタルメディア論の一本だというところに、両問題が必ずしも無関係でないこと、とりわけ活字を含む旧来型メディアにとっての問題の深さ、後がないという事態の切迫が感じられる。

 がん関連でいえば、中公特集の一つ、福島安紀「衝撃、全国市区別がん死亡格差」が意表をつく。基礎データに統計処理をほどこした「がん標準化死亡比」という指標を用いればがん死亡率の全国比較ができるらしいが、それによるとはっきりと「地域差」が現れるという。

 がん総数、部位別、男女別に示される全国10万人以上の都市比較は、はっきりと男子総数でワーストが尼崎市、弘前市、青森市、大阪市、小樽市、台東区…の順、ベストが国分寺市、掛川市、藤枝市、飯田市、練馬区…の順を示している。
 食習慣の改善や禁煙の促進(1次予防)、検診率の向上(2次予防)、あるいは疫学調査などに資する「地域がん登録」制の整備など官民挙げての取り組みが求められるのは当然として、見過ごしがたいのはがんのこの地域差(健康格差)と経済格差との相関が明瞭(めいりょう)に見て取れる点だそうだ。「完全失業率」や市町村の財政状況を表す「実質収支比率」と「がん標準化死亡比」との相関だ。公私ともに「カネの切れ目が命の切れ目」の現実である。

 その点をさらに菊地正憲「東京がん難民地帯を歩く 貧乏人はがんで死ぬのか」(中公)や、塩田芳享「がん『お金の心配』をしないために」(文春)などが追及する。

 メディア論では、どうやらその上にその他のもの一切を載せる新しいプラットフォーム(基台)が登場したのは確実なようで、プラットフォームの役割を失うと同時にうまみ(利益)をも失うことになった旧来型の音楽産業、広告、放送、活字メディア…などの慨嘆の声ばかりが強く聞こえる中で、岸の「電子書籍が日本文化を破壊する日」は、多少とも危機の中に潜むチャンスに目をこらそうとする。とりわけiPad発売で関心の高まる電子書籍に、過度の反応は不必要という。

 もちろん、基本のトーンは危惧(きぐ)である。プラットフォーム(社会と文化の基盤)であることを自覚した従来のメディアは、文化の再生産のために利益を再投資したが、歴史のない新型プラットフォームたるネット企業に、果たしてそれを望みうるのかと。

 ただし出版に限定していうなら、アメリカでの電子書籍の成功は、紙の本が一体に高くかつ造本も雑な中での低価格電子書籍の出現という意味もあり、紙の本が比較的安く造本もていねいな日本では別の軌跡をたどる可能性も少なくないという。むしろ「スペースのいらない蔵書の提供!」なら、狭小住宅に住むわれわれにも分かりやすい。=敬称略

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