がんを生きる:/72 慢性骨髄性白血病/中 移植失敗!?その後一気に回復 /大阪

がんを生きる:/72 慢性骨髄性白血病/中 移植失敗!?その後一気に回復 /大阪

◇同じ病棟の2女性の死にがく然--もっとドナーが
 血液のがん「慢性骨髄性白血病(CML)」になった大阪市東成区の杉本郁夫さん(35)。病状が進行する前に骨髄を提供してくれるドナーが見つかり、すべて解決したような気でいた。しかし、移植を受けるため入院した府立成人病センター(大阪市東成区)で、闘病のつらさや不条理を実感することになった。

    ◇

 2000年5月、杉本さんは移植に向けた準備のため入院した。拒否反応を防ぐため、事前に放射線照射や抗がん剤投与を受けて自分の骨髄をなくさなければいけないのだ。

 放射線を浴びると子どもができなくなる可能性があるため、照射を始める前日に精子を保存した。「男としての仕事がでけへんようでショックでしたが、準備もすべて完了し、あとは助かるだけと思っていました」と振り返る。白血球がなくなり抵抗力が落ちている間の感染を防ぐため無菌室に入り、6月2日に骨髄移植を受けた。

 ところが、移植が成功すれば増えるはずの白血球が増えない。一方、抗がん剤の副作用などで口や食道の粘膜に炎症ができた。それなのに、朝、昼、晩と数十粒もの薬を飲み下さなければならない。痛みと吐き気で眠ることもできなかった。

 1週間たち、母仁子(まさこ)さん(60)は医師に呼ばれ、移植が失敗した可能性があると伝えられた。杉本さんも無菌室の窓越しに「もう無理かも。限界」と訴えた。仁子さんが聞いた初めての弱音。励ます言葉が見当たらなかった。

 しかし翌日、白血球が一気に増え始めた。じきに炎症も引き、かゆ、そして米粒を食べられるように。抵抗力もつき大部屋に戻った。いったん上り調子になると回復は早く、10月には退院することができた。

 病棟には同じCMLの20代患者が2人いた。2人とも女性で以前から入退院を繰り返していた。病院食に飽きた若者3人で集まっては食べ物の話ばかりしていた。「退院したら一緒に焼き肉を食べに行こう」「すしも食べたい」と約束した。しかし、移植を受けられたのは杉本さんだけ。症状が急変する「急性転化期」に既に入っていた2人は、杉本さんの退院から半年内に相次いで他界した。家族から連絡を受け、一人だけ生き残ったことを知りがく然とした。「もっとドナーが増えたらいいのに」。骨髄バンクへの協力を求める杉本さんの活動の原点だ。【林田七恵】

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