おしゃべり地球カフェ/米国 乳がんの手術を受ける

おしゃべり地球カフェ/米国 乳がんの手術を受ける

 日本に立つ2日前のことです。主治医から電話がありました。「乳がんが見つかった。きょう、がんケアクリニックに来れるか。誰か、いっしょに来てくれる人はいるか」。

 マンモグラフィー(乳房エックス線撮影装置)でひっかかり、再度撮り、細胞検査までしたのに、自分ががんだなんて思いもしなかったのです。付き添いがいるということは、ドキリとしました。娘は急には行けないと言うし、誰にでも頼めるわけではないので一人で行くことにしました。

 そこは乳がん専門の部屋で、落ち着いた照明に、リラックスできるソファ、いい空間でした。1組の夫婦がいました。暗い顔のご主人。奥さんの方がかえって明るく振る舞ってご主人をいたわっているように見えました。一人で来て正解かなと思いました。

 放射線科、化学療法科の医者にも一人で会いました。化学療法科の医師は開口一番「Do you speak English(英語がしゃべれる?)」。私はまだ何も言っていないのに、顔つきで判断したんだと思いました。

 娘いわく「これからしばらくお付き合いしなければならないんだから別の医者にしたら」。受け付けで、これこれの医者に予約したいと言うと、OKとすぐに予約してくれました。理由は聞かれませんでした。

 こんなこともありました。「手術日がいつになるか、あす電話します」と面と向かって言ったのに、電話がありません。こちらから電話を入れるのですが、OKと言うだけ。埒(らち)が明かないので4日目に病院まで出向いて直接訴え、手術の日程を決めました。そうこうしているうちに「自分の命の主人公は自分なんだ」と思うようになりました。

 手術後、入院はありません。家に帰ります。娘が大きな花束を抱えて待合室にいました。その日の夕食は二人でお気に入りのラーメン屋に行きました。

 翌日、看護師から経過伺いの電話が1回あったきりで、次に病院に行くのは2週間後。もらった薬は痛み止めのみ。抗生物質はありません。3日目、喫茶店に出ました。外はカリフォルニア晴れ。私はがんになったけれど、病人にはならなかったのだと思いました。

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