児がん患者の家族支えたい 磐田の乗松さん 娘亡くし、相談受ける側に

児がん患者の家族支えたい 磐田の乗松さん 娘亡くし、相談受ける側に

12年前に白血病で当時8歳の長女を亡くした主婦乗松広子さん(52)=磐田市向笠竹之内=が、浜松医科大付属病院(浜松市東区)に入院する小児がん患者の家族の相談に乗り始めて1年がたつ。治療法などの情報が不足し、悩んだ自らの体験が活動の原点。「家族の不安が和らぐよう、力になりたい」という。 (静岡総局・西山輝一)

 乗松さんは昨春、小児がんで子どもを失った母親らと3人で、ボランティア団体「すまいるハートの会」を発足した。昨年7月から月1回、同病院の入院患者の家族を対象に、治療への不安や病院の環境改善といった相談に応じている。

 現在、相談を受けているのは8家族。中には、退院した元患者の高校生もいる。乗松さんは「不安な気持ちを分かち合いたい」と心がける。

 4歳で発病した乗松さんの長女由佳ちゃんが4年間の闘病生活の末、亡くなったのは1998年6月。この間、乗松さんは迷うことの連続だった。

 化学療法か、それとも、まだ手術実績の少なかった骨髄移植か。由佳ちゃんが7歳で移植手術に踏み切った時は、患者の体内にある骨髄血を使う「自家骨髄」か、骨髄バンクからの移植を受けるかで悩んだ末、自家骨髄を選んだ。「まだインターネットが普及しておらず、難しい医学書を読むしかなかった」と振り返る。

 手術後に病気が再発。この時も、完治する可能性の低いつらい治療を続けるべきか、治療を止めて静かに最期を迎えさせてやるべきかで岐路に立たされ、治療を続ける道を選んだ。

 「本当にこれでいいのか。誰に相談すればいいの」。当時の日記には、乗松さんの叫びが書き残されている。再発から4カ月後、由佳ちゃんは息を引き取った。

 大手術に臨む家族の不安を和らげるとき、乗松さんは「娘の闘病体験が無駄にはなっていない」と感じる。

 今年1月、由佳ちゃんの同級生たちは成人式を迎えた。晴れ着姿の新成人を眺め「あの子が生きていたらどんな風に育ったかな」と想像した。

 「ゆか、がんばるから」。痛みを伴う骨髄検査のたびに、そう話していた由佳ちゃんの声、表情は、今も乗松さんの胸の内によみがえる。それを励みに、相談活動を続けている。

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